協働ミュージシャンインタビュー① ミッチーさん
宮城:自己紹介をお願いします。
ミッチー:ミッチーと言います。SICへは協働ミュージシャンとして関わっていますが、昔は大学や専門学校で法律を教える仕事をしていました。
宮城:教員だったんですね。
ミッチー:はい。ただ、このままじゃ繰り返しで終わるな、という思いから、50歳の時に日本語教師の資格を取りまして。その後、タイやインドネシアや中国へ行って日本語を教えました。中国の大学で教えていて60歳の定年になったので帰国し、今はもっぱら趣味のギターを楽しんでいます。
宮城:ご出身はどちらでしょうか?
ミッチー:生まれは東京です。仕事を始めてからは大阪の専門学校や愛媛の短大で教えたりもしました。
宮城:それがどうして北九州へ来られたんですか?
ミッチー:北九州市が「移住促進事業」と言うのをしていたんですよ。「お試し移住」と言うのが出来て、八幡に3週間くらい住んでみたんですが、町が大きすぎず小さすぎず良いなと思い移住を決めました。東京のほうの友達には止められましたけどね、「北九州は危ない」とか言って。まあ千葉にも住まいは残してあるので、今はそちらと2拠点生活ですね。
宮城:ギターを始めたのはいつ頃ですか?
ミッチー:中学の時ですね。1970年代にフォークブームがあったんですよ。それで僕も自分で弾くようになって。で、リタイヤした後にまたギターを引っ張り出して、お店での弾き語りなども始めました。
宮城:どんなミュージシャンがお好きですか?
ミッチー:かぐや姫、井上陽水、さだまさし等ですね。
宮城:海外在住歴が長いということですが、最近の日本で一部に見られる排外主義の風潮についてはどう思われますか?
ミッチー:僕もインドネシアやタイや中国で日本語を学ぶ学生たちと付き合いましたけど、一人一人は仲が良いんですよね。それが国同士だとギクシャクしてしまう。肌感覚の付き合いが無いとそうなるのかなと思います。外国人は出ていけ、なんて言っている人達は、彼らと個人的に付きあう経験が無かったんじゃないかな。
若い人たちに海外に行って色々交流してほしいと思うけど、実際はパスポートも作らず、「海外は怖い」と言って出て行こうとしない人が少なくないようで残念です。
宮城:SICの活動についてはどう思われますか?
ミッチー:インドネシアの学校で日本語を教えていた時、学園祭で学生たちがアニメなど日本の歌を歌う機会があったんです。僕も彼らと一緒にギターを弾いて参加し、盛り上がりました。その時の記憶が蘇りますね。
日本語は習得が難しい言語だと思いますが、音楽なら「共通言語」で誰でも気軽に参加できる。だから言葉を学ぶ入口に音楽を使うのは良いアイデアだと思いますよ。一緒に歌えば心が一つになれますしね。だからSICの活動には大いに期待しています。輪が広がって行ってほしいです。
宮城:ありがとうございます。今日はインタビューありがとうございました。
ミッチー:ありがとうございました。